やーそのえび天 Yutaka"yaso"Yamada
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Roda de Choro at CHOVE CHUVA 2005.3.21(月)

Roda de Choro と書いて、ホーダ ヂ ショーロ と読みます。本日もそんなホーダの日。

月曜日に休日が多くなって、3連休が増えましたねえ。でもこういう日は毎回のごとく集まりが悪い。今日もそう。仕方ないことかもしれないが。

釣りの世界においては、机上の理論よりも、実戦からの解答が重んじられる。それは自然が相手だから。

音楽やってると、演奏を差し置いて、頭デッカチな人によく出会う。特にブラジル音楽等は、ショーロを代表するように、かなりアカデミックな部分を持っている。
よって楽器経験が初心者な、メロディ楽器やコード楽器の人達には、なかなかとっつき難い音楽でもある。だからかもしれないが、日本においてはまだまだ、打楽器の人数のほうが多い、というのが現状である。
うん?・・・・・話しを戻します。

ホーダは週に1回で、だいたい2,3時間くらいのもんである。しかしこの少ない時間でも、他人と演奏するのは、実戦であることに間違いない。
そして、その実戦を多くでも経験してる人ほど有利である。ホーダにあまり来ない人を見てると、楽器が出来る出来ない以前に、頭デッカチに見えるのは僕だけかい?
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# by yaso7project | 2005-03-21 00:00 | 音楽記
Live review 2005.3.20(日)

兵庫県川西市にある、HANAREというところで、NACIONAL JAM'Sというバンドを観てきた。

このバンドは、前からずっと観たかったバンドの一つで、誠一さんや、以前に共演させて頂いたことがある、九州のピアニスト永見さんがやってるのに、なかなか日が合わなかったりして行けなかったのだが、やっと観れて大満足だった。

音楽的には、かなり高度なことをやっているのだが、セッション的ではなく、バンド的な内容。それを完璧に音にしてしまう、各々の力量

・・・・・脱帽です・・・・・

曲によってはシシムンドとかぶってる曲もあったりして、それをNACIONAL JAM'Sでやるとこうなりますか!おー、かっこいい!!と妙に感激してしまいました。
そしてなにより、誠一さんの新たな魅力のようなものも発見することができた。
客観的に観るのは、一緒にやってる時よりも音以外なところを、色々発見できるものだ。
そしてそれをシシムンドで生かすも殺すも、僕の技量なんでしょうな。
日々勉強ですわー。。。。。

それにしても誠一さん。誠一さんのライブ観に行って、毎回、終わった後に必ず「どうやった?」ってこっそり聞きにきはるんです、僕のところに。
で僕は気の利いた答えが出来ないんで、正直に「あれは良かった。あれがイマイチやった。」って生意気にも言うんです。
ほんなら誠一さんは真面目に、僕の意見も参考にしてくれてはるみたいなんですねえ。
一回り以上も下の奴の意見もちゃんと聞いてくれる。ほんとにありがたいことですよ。それは誠一さんだけではなく、僕が今まで共演した、年上のほとんどのミュージシャンがそうでした。

最近はいつのまにやら、僕より年下のミュージシャンがどんどん増えていくなか、僕もそういう人になりたいと思います。

いや、今でも人の意見は聞くほうやと思ってるんですけどねえ。音楽だけはね。
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# by yaso7project | 2005-03-20 00:00 | 音楽記
弾き顔 No.1

ギターを弾き始めたのは、中学生の頃である。僕はその頃、小学生の時からやってたサッカーに夢中で、正直、音楽なんて、なーんにも興味がなかった。
すでに周りの友達がギターを弾き始めてて、僕はなんとなく側でボーっと見ていた。

ところが、中学2年の時に転校してきた奴が、すごく怖い奴だったんだけど、僕が知ってる曲を、むちゃくちゃ上手に弾き始めたのである。

うげーかっこいいー!!

で、そいつはいつも家に誘ってくれて、ギターを持っていなかった僕に弾かせてくれた。自分が好きな曲を、なんとなくでも弾いときの感動ったらありゃしない!そいつには到底及ばなかったものの、他の連中よりも、なんか上手に弾けてるんちゃうん!俺、弾けるかも!みたいな勘違いで、ギターを買うことにした。

それからはギター一筋の生活になって、高校1年でサッカーもついにやめてしまった。いいギターやアンプ、エフェクターが欲しくてバイトもした。
バイトが終わるのが9時頃。ある友達の親が晩の仕事をしてて、家にいなかったから、そいつの家がいわゆる溜り場になって、晩になると、色んなやつらが来ていた。

そこで会った奴らとバンドを組んだりもした。まあ、どのバンドもあんまり続かなかったけど、それはそれで結構おもしろかった。

晩の仕事をしていた友達の親が、日曜日は休みやから、店自由に使っていいで。と言ってくれた。これは非常にありがたかった。高校生の僕らにスタジオ代は高い高い。
店はスナックだったので、カラオケがあるから、マイクなんかのPA機材は一応あるし、夜のお店ということで防音対策も万全。
爆音で練習しても近所からは一切苦情なし。たまに、お店で働いてるお姉さん達が聴きに来てくれて、みんなええとこ見せようとして、気合い入りっぱなし!

てな事で、その頃のバカな弾き顔を一部紹介します。

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93年。当時18歳。
バンド名「ファイナルズ」の面々。
Tシャツが「ガンズ」とか「モトリー」とかやねえ。

若いなー・・・・・

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この頃は、上手い下手は別にして、ボーカルもやってたんですわ。

かっこつけて英語の曲とか歌ったりしてたけど、あんまりかっこつかへんかったなあ・・・・・

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間違えると笑ってごまかす癖は、この頃から出来上がってました。写真を撮ってくれてた友達にもバレてた。

ちなみにその友達はその後、プロカメラマンになって、今や「~先生」なんて呼ばれている。

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実は何人かファンの子がいて、よく見にきてくれてたのだョ。
でもギター弾いてる時はいいらしいんだけど、普段喋ってる時は見たくない。っていっつも言われてて、わりとショック受けてたなあ。何がちゃうねん!

c0061689_151814.jpg94年。当時19歳。
これは(激)キチョーな写真!隣でギター弾いてるのは、あの演歌ボサ系のお方!10年以上前から体系そのままなんですねー。ちなみにその後ろに隠れてるベーシストは、オタク系止々呂美の仙人。こちらも体系変わらず・・・・・

ブラジルの音楽ってよう分からんなあ。って顔ですねえ。
この頃はサンバ、ショーロをまだエレキギターでやってましたねえ。この4年後に初めてガットギターを弾くことになったんです。しかもなぜか7弦でした。

うーん。なんでやろ・・・・・
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# by yaso7project | 2005-03-19 00:00 | えび天のしっぽ