やーそのえび天 Yutaka"yaso"Yamada
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忘れた気持ち

昨日釣りの帰りに、僕の兄貴的存在であり、リンクにも貼っているバンドリン(ブラジルマンドリン)奏者の加藤良一さんの家へお邪魔してきた。

彼の自宅は京都にあり、琵琶湖からちょうど帰り道のところにあるので、よく釣りの帰りに立ち寄ります。

そんな訳で、釣りに行くのになぜかギターなんかも持っていくことが多いですが・・・

大体が突然の訪問なのですが、晩ご飯をご馳走になったりして、ほんとありがたいです。

でやっぱり、2人で楽器弾いて遊んだり、音楽話しに夢中になったりして、いつも帰るのが2時とか3時とか・・・

それで2人で色々喋ってて、僕自身気付かされたことがあった。

最近、というかここ何年も、ライブのこと無しに集まって練習したりするってこと、ほんとになくなったなあ、てことです。

みんな集まって練習をするのって、大体がライブが決まって、それからみんな集まって、そのための練習って感じになることばっかりです。

どちらかと言うと仕事的な感じ。

なんか20代半ばぐらいまではそんなことって、ほんのわずかだった気がします。

高校生の頃は、同級生のパーカッショニスト、山下ジュンが放課後、週に何回も家に来て、別にライブをやるわけでもなく、延々と楽器弾いて、「遊ぶ」というにはあまりにもお互いが下手だったので、どちらかと言えば「無我夢中」に音楽。

ホーダ ヂ ショーロはそれに近いものがある気がするけど、ホーダはやっぱりセッション的なものなので、ちょっと違う。

それにホーダはあくまでもショーロをやるところなので、実験的要素をはらみにくい。

なんて言うか、人に聴いてもらう、ということを前提にしないで実験的に音楽を作っていく、というか。

なんていうジャンルか本人たちにも分からないような、音やリズムの実験。

・・・でも仕方のないことです。

みんなええ歳なんやし、仕事もせなあかん、家族がいる人は家庭のこともある。

音楽に携わってる、いわゆるプロと言われてる人達なんかは特に、こんなことって面倒なことになるんでしょうね、きっと。

今現在から、ライブのために、人前でやるために、お金のために・・・みたいなとこを全部排除して、練習したり出来るものなのか。

たぶん出来へんのとちゃうかな。

練習していると、聴いてくれている人のことを考えている自分がいるからです。

それが悪いことだとは思わないけど、純心という言葉が適切かどうかは分かりませんが、それではない気がします。

そういう実験的な音楽が出来るライブハウスなんかもほとんど知りません。

神戸に1つだけ知ってますが、客はもちろん入りません。

だけど、結果ばかり(客が入る入らない)を望まなく、おもろい音楽しようぜ!って感じのお店で、僕が7弦ギターを弾き始めた頃にとてもお世話になった。

僕にとっては、エレキギターから7弦ギターに持ち替えて音楽をするって、かなりの実験的な要素が強かった。

ブラジル音楽を全くと言っていいほど知らないから、このギターでどう面白いことが出来るか、みたいなのを、すごく追求してた頃。

上手に弾こうなんて考えもなかった。

ただ実験あるのみ。

今思うと、これが僕の音楽の基盤みたいなものになってるかも知れないです。

まあとにかく、良ちゃんと喋ってて、あの頃の気持ちを思い出させてくれたのは確かですわ。

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この子の演奏を聴いて、余計に思いました。

この子も将来、僕と同じような悩みや考えを持ったりするのかな。
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by yaso7project | 2006-03-30 03:34 | えび天のしっぽ