やーそのえび天 Yutaka"yaso"Yamada
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-対談- 中 孝介 
記念すべき第1回目のゲストは中 孝介さんです。


c0061689_1424611.jpg中 孝介 あたり こうすけ    

プロフィール
1980年、奄美大島生まれ。

16歳の時、元ちとせの唄を聴いてシマ唄に目覚め、奄美大島南部のシマ唄スタイル=東(ヒギャ)節を独力でマスターする。

平成12年、第21回「奄美民謡大賞」大会で新人賞を受賞。

島の古老たちと深く関わり数多くの唄を身に付ける一方、実験的なアプローチに取り組み、シマ唄の可能性を模索するなど、独自の道を歩んでいる。






中 孝介(A)&kanami(K)&dombandolim(D)&山田 裕(Y)
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K 『最初に会った時、歌っていきたい、って言ってて次に会った時は、就職する、って言ってたよね。で今は歌っていくことにしたのよね。』

A 『うん。あの時はレコード会社とか決まってなかったから。とりあえず会社が決まったので、歌っていこうと思ってます。』

K 『なんか遠い人になってしまうんやね。』

A 『いやいや。』

Y 『そうかあ。寂しい話しやなあ。』

A 『なんでなんで?全然!!』  K 『笑』

K 『でも東京には行かないで、奄美に・・・』

A 『そう。奄美からしばらく通って、やっていこうかなあと。』

Y 『それも大変そうやけど?』  A 『うーん・・・』

K 『でも精神的には楽なんちゃう?東京とかで住むよりも。』 A 『うん。』

K 『ほんと島の人ってそうやもん。沖縄もそうやし。』

Y 『でも東京とかでバンバンにライブとかあれば、通うのはつらいよ。』

A 『あー。そうなった時は東京でマンスリーマンション借りて、そこで暮らします!』

一同 『笑』

A 『で、ほとぼりが冷めたら、また島に帰ります。』  K 『うんうん。』

D 『将来こんなんなりたいとか、目標ってある?』

A 『うーん、なんだろ。でもやっぱり、いろんな歌を歌ってみたい!シマ唄だけじゃなく。』

D 『シマ唄以外で聴いてるのって?』

A 『マライアキャリーとかスティービーワンダーとか・・・日本人でも、歌を聴かせるシンガーしか聴かない。ラップやバンドって全然興味がなくて。高校の時とかって、みんなバンドとかに興味を持つけど、僕は全く無くて。』

Y 『へえ!』

D 『普通、音楽やってる若い子は、バンドとか組みたがるやん?』

A 『いやあ、もう全然。僕はただ歌だけ。』

K 『へえ!ところでギターとかって弾くの?』

A 『は弾かない。ピアノは弾ける。ギターは難しい!』

Y 『ピアノはいつから?』

A 『触り始めたのは、小学校1年ぐらい。で、先生にちゃんと就いたのは、中学校入る前。』

Y 『え、じゃあそれまでは、自分で?』

A 『そう。独学というか、姉ちゃんがやってて、それを聴きながら。しばらくして、ちゃんとやりたくなって、先生に就いた。』

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D 『音楽以外に興味は?』

A 『うーん・・・無いかな?』  

Y 『じゃあkanamiちゃんと一緒やん!(笑)』

K 『そうやねん。私も趣味とかって無くて。』

Y 『僕は多いよー!』

A 『あ、バレーはやってたから今度、社会人のチームに入ろうと思ってる。』

一同 『へー!!』

K 『いいなあ。私もなんか見つけよう。考えたら私は、音楽とお酒とマンガぐらい。』

A 『いいんじゃない!』

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K 『元ちとせを聴いて、歌を始めたんよねえ?』

A 『うん、シマ唄ね。でもほんとはその前から歌が好きだったから、歌いたいなあ、とかは思ってて。』

D 『いつ?』

A 『高校入ってすぐ。』

D 『あっちには、シマ唄の学校ってあるんやんねえ。』

A 『学校っていうか教室があって、シマ唄はそこで習った。』

Y 『オリジナル曲を作ったりとかは?』

A 『今はしてない。したいんだけど、コードとかってよく分からないから。』

Y 『でも是非作ってほしいなあ。』  D 『うんうん。』

Y 『ここ最近は妙に、沖縄の音楽に注目が集まってる気がするけど、それは何でなんかなあ?』

A 『やっぱりそこから色んな人が出てきてるからじゃない?特に沖縄には基盤があるしね。音楽やろうとした時のプロダクションだとかが。』

Y 『うんうん。』

A 『だから外にも発信しやすいんだと思う。』

Y 『なるほどねえ。』

A 『奄美はそういう事をしたくても、人口も少ないから、そういう基盤を作るのって難しい。だからどうしても外の力に頼るしかない。』

Y 『じゃあ奄美には、外に出て行きたい、って人が他にもたくさんいるのかなあ?』

A 『うん。いると思う。というか、出ないとダメ。』

Y 『なんで?』

A 『奄美は有名じゃないから全然!(笑)』

D 『でも、元ちとせが出て、少しは認識されたと思うけど。』

A 『でもまだまだ。だから僕はそのために頑張る。奄美が有名になるように。でもシマ唄だけじゃ聴かない人には伝わらないから、幅広く聴いてもらうために、色々歌っていかないと。』

Y 『なるほどね。』

A 『それで奄美にも、若者が出て行けるような基盤を作りたい。これが1番ですねえ。』


2005.4.28  talk at CHOVE CHUVA

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by yaso7project | 2005-04-30 00:00 | ゲスト